2018/11/20

インスタントコスプレ

コスプレは進化した。
レンタルボディが一般的になり、そして衣装を自動生成することができるようになった現代、新たなコンテンツが誕生した。
衣装はもちろん体格までが自動でレンタルできるようになったのだ。
会場の近くに設置されるのはインスタントコスプレ用のブース。
そこで人々は思い思いの姿を、暫くの間だけ楽しむ。





生粋のコスプレイヤーからは無粋だ、という声もあるが男性でも人目を気にすることなく女性キャラのコスプレを体験でき、女性も写真をネット上に無断公開されても被害が少なくなるといったメリットもあり、受け入れられてきていた。

欠点はクリエイターが作成し、権利元が許諾し、そして運営会社が許可をしたものしか販売していないことである。
必然、公序良俗に反するようなキャラは販売されない。さらには衣装は人体に一体化しており脱ぐことができないというガチガチの徹底ぶりである。
(トイレへ行く際はレンタルを一時解除する必要がある)


ハロウィン。
この日もまた、オタクの祭典とは違ったコスプレ文化が発達していた。

夜になると徐々に街に人が増え始める。

頭が本物のかぼちゃに見えるジャック・オー・ランタンを筆頭に、アメコミのキャラや妖怪、ゾンビに狼男。まさに西洋交えた百鬼夜行といった趣だ。
これらは皆インスタントコスプレだ。

レンタルボディの生成時間が短縮され、その場でお望みの身体がその場でレンタルできるようになったのだ。レンタル中にユーザーの身体を保管する場所が多く取れるようになり、より多くの人が楽しめるようになった。


ハロウィンということもあってか普段は空いているインスタントコスプレ店舗はとてつもない人が並んでいる。
みな会社や学校帰りにそのままハロウィンを楽しんでいこうと考えている人達だ。
素顔も隠せるのでトラブルに巻き込まれても実の自分にかかるトラブルは最小限で済むため、安全に楽しむ方法として提供されている。

カップルであるアキトとキリカも今日、このまつり騒ぎを楽しむ予定だ。

「うわー。混んでるね…」
「予約者のみです…って書いてあってこの行列かー」

スムーズにいっても1時間ぐらいは待たなければいけないようだ。
最後尾に持っている立て札が遥か遠くにある。

「せっかく予約取れたのにー」
「うーん、困ったね」

仕方なくコスプレは諦めて街の雰囲気を楽しもうか、ということで散策を始める。
暫く歩くと人通りが少なくなってくる。

「お祭りはこのあたりまでみたいだね」
「そうね…ってあら?」

ふと見ると少し大きめのトラックが止まっており、
インスタントコスプレの仮支店、の張り紙。

「あれ、ここでもやってるっぽいよ」
「え?あ、ホントだ…。あまり並んでないね」

あのお店の系列かなあ、と呟くキリカ。
最後尾に並んでいる店員さんに話しかける。

「はい、こちらは仮設の支店でございます。トラック内に機械を設置しておりましてコスプレが可能ですよ」
「あ、本当ですか!?予約していたんですけど…」
「はい、お名前をどうぞ、 お連れ様も記入お願いいたします」

テキパキとキリカが用紙に埋めていく。
どうやら仮装する物もキリカが決めていたようだ。

「はい、ではこちらへどうぞー」

人が少なかったためにすぐに順番が回ってきた。

ーーー

キリカが腕をからめるようにしてくっついて歩いている。
二の腕の部分にキリカの…いや、普段より大きいサイズに乳房がぎゅっと当たる。
だがアキトが落ち着かないのはそのせいではなかった。

「まさかキリカの仮装と一緒のものだったとは…」
「えへへ、こういうのもいいんじゃない?」

見下ろすとキリカと同じ大きさの乳房がたゆんと2つ。
キリカが選んだのはサキュバス。
そしてアキトに選んだのもサキュバスだったのだ。
双子コーデならぬ双子仮装。

瓜二つな美少女サキュバスという格好は普段であれば好奇の目に晒されるのだろうが、今日はみんなが特徴ある仮装を選んでいるので悪目立ちするということはなさそうだ。

「レンタルボディ自体初めてなのに女の身体なんて…」
「むくれないむくれない、楽しまなきゃ損だよ」

すれ違う人すれ違う人みんな楽しそうに仮装で練り歩いている。
こちらに気がついてすれ違いざまにハイタッチをしてきたり、ちょっとだけ会話したり。
アキトも最初は恥ずかしがりつつも、誰もこのサキュバスの中の人が誰か、なんて気にしていないことを感じると、開放的な衣装もあいまってキリカとはっちゃけて遊び歩いたのだった。
そして日が変わるかどうかのあたりで祭りは一段落となった。

「あー、終わった終わった…」
「よし、混む前にレンタルボディ返却して帰ろうか」
「そだね…ってあら?」

先程の仮設店舗のところに人だかりができている。
その誰もが仮装をしているがお祭りを楽しんでいるようには見えない。
いや、それどころか怒号や悲鳴、泣いている子もいる。
アキトとキリカも何事かと駆け寄る。

「おい、どこ行ったんだよあのトラック!!」
「店舗のほうに問い合わせろ!」
「早く帰りたいのにー」

どうやら仮設店舗が移動してしまったのか、ここで借りた人達が困っているようだ。
アキトとキリカも、背中に冷や汗が出てくる。

「おい…大丈夫かな」
「う…うん、本店のほうにいけば多分」

ゾロゾロと仮装をした集団がビルのほうへ移動する。
しかし…

「な…なんだって…」
「おい、ふざけてるのか!?」
「い、いやあああ」

悲鳴が響く。

「いえ…そのような仮設店舗は本日設置しておりません…」

キリカが慌てて声を出す。

「あ、あの!私達今日ここで予約してて…仮店舗で予約を伝えたんですけど」

店員が名前を聞いて端末を操作する。

「…ああ、はいキリカ様ですね。本日は予約されていますがご来店の履歴はございません…」
「そ…そんな」

ヘナヘナと座り込むキリカ。
アキトも一体どうしたら良いのか、途方に暮れてしまった。


あの後、警察が大人数で調査開始、悪質な大事件ということでマスコミにも連日ニュースで取り上げられることになった。

要するにあの店舗は支店を装った詐欺店舗だった、ということだ。
違法なレンタルボディ会社は数多く存在した。ユーザーのボディの管理が適切でなかったり、元に戻るために法外な手数料を要求したり。
中でも今回は群を抜いて悪質だったのだ。

人体の大量誘拐。

実はレンタルボディへ魂を移行する技術を人体から人体へも応用できることが判明している。刻印が目立つレンタルボディを嫌い、健康な本物の身体の求める需要は少なからずある。そうなると出てくるのが人体の売買の問題である。
もちろんどこの国でも違法中の違法。
もし発覚すればどれだけ関わりが薄くても無期懲役は免れないとされている。

今回は大胆にも祭りの騒ぎに乗じて人体をかき集め、あっという間に持ち逃げをされてしまったのだ。
被害にあったアキトとキリカを含めて100人程、殆どが10代の少年少女であった。
警察が全力を上げて操作をしているものの、未だに進展はない。
既に一部は海外に持ち出されたのでは、とまで言われている。

さらに最悪だったのはレンタルボディに施されるロックである。
レンタルボディからレンタルボディ…のような犯罪の足取りをつかみにくくするような行為を防ぐために、人が入ったレンタルボディには暗号鍵でロックがされる。
その封印を解くためには暗号キーと入力しないといけない。
解除しなければ自分の身体に戻れないのはもちろん、別のレンタルボディへの移動もできないのだ。

つまり…。
アキトとキリカは双子の美少女から戻ることができていないのだ。
仮装に使っていた衣装はなんとかなったものの、その他は絶望的だった。
童顔や低身長の割に似合わない、はちきれんばかりの胸、くびれた腰、突き出したお尻、艶めかしい太もも …。

一時的に使う身体であれば我慢もできようが、普段の生活には非常に苦労させられる。
身体の線が平均より細いせいか、筋肉がほとんどなく、力が入らない身体のせいで大きな胸やお尻に歩くだけでも振り回される毎日だ。
走ろうものなら思春期の少年たちには目に毒な光景が広がるのは間違いない。

特注オーダーメイドの女子制服を来て登校する2人。
はたから見れば物凄いスタイルの日本人離れした双子の美少女が仲良く登校しているだけにしかみえない。

「暗号キー、わからないのかなあ。男に戻りたい…」
「…見つけるのには天文学的時間が必要だって」

国内のスパコンが総当たりで検索をしているが早くても数年は掛かるという。
仮に解けたとしても、自分の身体はまだ見つかっておらず、移行先は別のレンタルボディとなる。

「…この際、この身体じゃなきゃなんでもいいよ」
「そだねぇ…」

ため息をつく2人。
なまじ美少女すぎるせいですれ違う人すれ違う人皆が振り返り、中にはしつこいナンパ野郎もいた。
レンタルボディの刻印に気がつくと物珍しい顔してさらにしつこくなる。
あの事件以降、国内のレンタルボディの運営が法律で厳しく制限されているからだ。
意識不明や重病などの命に差し迫っていない人間の利用は今はほぼできない。

そのため、今レンタルボディに入っている人はかなり珍しいのだ。
だから必然、あの事件の被害者であると思われることになる。

「まあでも私達はマシな方だと思わないと…」
「そだな…」

被害者の中には頭部が空洞のかぼちゃな人もいる。
デュラハン…頭部と身体を切り離したレンタルボディ、うさぎの耳が生えて全身に白い毛が生えたケモノ、4つ足で歩く動物、身長2m、体重200kgオーバーの巨体。
仮装というせいで日常生活が不可能なレンタルボディに入ってしまった人が何人かいたのだ。
彼らはマスコミから隔離するために非公開な病室で過ごしているらしい。

アキトも実は当初そうなる可能性があった。
だがキリカがフォローするから、といい救ったのだ。
今はアキトは自分の家族達と離れ、キリカの家…いや同じ部屋で過ごしている。
身体について困ることも、着るものも全く同一なので効率がよい、とはキリカの弁だ。

アキトはため息をつきながら心の中で愚痴る。
…下着も共通で使い回さなくてもいいと思うんだけどな、と。




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